大阪高等裁判所 事件番号不詳〔1〕 判決
右に対する所得税法違反涜職被告事件に付いて昭和二十三年八月七日京都地方裁判所が言渡した有罪判決に対し被告人から適法な控訴があつたので当裁判所は検事前田多智馬関與の上更に審理し左の通り判決する。
主文
被告人を懲役五月及び罰金弍万円に処する。
但し本裁判確定の日から弐年間右懲役刑の執行を猶予する。
右罰金を完納することができない時は金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
被告人は、昭和二十一年十二月頃から、京都市下京区河原町通四條下ル壽ビルデイング内で電気器具商を経営するものであるが、
第一 昭和二十一年五月頃友人である大友安太から依賴せられて右壽ビルデイング内の自己の借室に、淀川工業株式会社京都出張所を設置したのを幸い、同会社京都出張所の看板のみを掲げ、この看板の下に於て、被告人個人の経営する電気器具商の取引をなし、且つ明確なる商業帳簿等の備付記載をなさず、昭和二十二年度事業所得が少くとも四万千百六十八円二十五銭あるに拘らず、これを秘して、所得税の確定申告期である昭和二十三年一月三十一日を過ぐるも、所轄の京都市下京税務署に申告書を提出せず、斯くて営業主体並に営業状態を曖昧ならしめて故意に所得を秘匿するの不正手段によつて、少くとも一万七百三十円相当の所得税を免れ
第二 昭和二十三年二月十五日頃、所得調査のため被告人の右営業所に来訪した同税務署直税課第一係大蔵事務官牧野登から右脱税の事実を追求せられるや、狼狽して、その善後処置に付き寬大なる取計いを懇請する趣旨の下に、右牧野事務官に対し咄嗟に在合せの百円札五、六枚を差出して、同人の職務に関し賄賂供與の申込をしたものである。
右の事実に対する証拠として
第一事実は
一、原審第二回公判調書中被告人の「私は昭和二十一年末頃から判示壽ビル六号室で電気器具商をやり名義は淀川工業株式会社京都出張所としていたが、この出張所を置くようになつたのは大友安太から同人の淀川工業の連絡場所として賴まれたのである。電気器具商の会計業務状態は淀川工業本社へ報告しておらず帳簿は初めから作つていない。」旨の供述記載。
一、被告人に対する検事の訊問調書中同人の「私は自分の営業所が淀川工業の連絡場所となつていたのでこれを惡用した訳であり、それは脱税の目的であつた」旨の供述記載。
一、証人大友安太の当公判廷に於ける「私は淀川工業株式会社の社長であるが、昭和二十一年五月頃から知合いの被告人に賴み同人の壽ビル内の室を淀川工業の出張所として貰つたがその後これと云ふ仕事はやつて貰つておらず同人からも何等仕事の報告を受けていない」旨の供述。
一、記録編綴の被告人代理人荒尾信太郞作成に係る大阪財務局長宛昭和二十二年度分所得税審査請求書写と題する書面中「被告人の昭和二十二年度個人所得は四万千百六十八円二十五銭なり」との記載
を綜合してこれを認め
第二事実は
一、被告人に対する検事の訊問調書中同人の「私は脱税をしていたので税務署員の方に寬大な処置を執つて貰うと云ふ意味で喫茶代として机の上に置いてあつた買物代金千円余の百円札束の中から五、六枚を掴みその署員に渡そうとしたが受取つて呉れなかつた」旨の供述記載。
一、被告人に対する検事の前記聽取書中同人の「私はその時勿論五、六百円位の金で見逃して貰おうとは思わなかつたが、惡いところを見附けられたと云う後悔の念から殆んど本能的に所得税の調査や私のやつた事に付いて出来るだけ手柔かな処置を得度いと云う直感的な気持で茶代として渡そうとした」旨の供述記載。
一、原審第三回公判調書中証人牧野登の「私は京都市下京税務署直税第一係として個人営業所得の調査賦課の事務を担当しているが判示二月十五日壽ビルの被告人の室に行き調査し一月末の申告期限を経過しているので至急申告するよう命じて帰ろうとすると被告人は百円札ばかりで私に差出したから私は賄賂の目的と思い拒絶して室を出た」旨の供述記載
を綜合してこれを認めるから、判示事実は全部その証明十分である。
被告人の右行為中、脱税の点は所得税法第六十九條第一項前段に、賄賂供與の申込の点は刑法第百九十八條第百九十七條第一項前段に当るところ、前者に付いてはその情状により所得税法第六十九條第三項に従つて懲役及び罰金を併科すべきものとし、右両者は刑法第四十五條前段の併合罪であるから、後者に付き所定刑中懲役刑を選択した上、同法第四十七條第四十八條第一項第十條により重い前者の懲役刑に法定の加重した刑期並にその罰金額の範囲内で、被告人を懲役五月及び罰金二万円に処する。
よつてその犯情について見るに、(一)脱税の点はその金額が少額であり、その不正手段は著しく複雑惡質とも云ひ難く、尚当時被告人の妻が大病であつてこれに忙殺されていた事情あるのみでなく、被告人は現在深く前非を悔い既に税金として二万円を仮納付しているものであり、(二)賄賂供與の申込の点は被告人が狼狽の上咄嗟の間になされた偶発的犯行であつて比較的軽微であると云うことができるのみでなく、現在被告人は改悛の情顯著であるから、本件に於ては罰金を併科の上懲役刑に対しては相当期間その執行を猶予して被告人の将来を嚴戒するを適当と認め、刑法第二十五條により二年間右懲役刑の執行を猶予すべく、罰金不完納の場合に於ける被告人の労役場留置に付いては同法第十八條を、訴訟費用の負担に付いては旧刑事訴訟法第二百三十七條第一項を適用して主文の通り判決する。
被告人の控訴は理由がある。
(裁判長判事 吉田正雄 判事 荻原潤三 判事 大田外一)